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Vol.57 湊川神社・・・足利尊氏も認めた名将、楠木正成を祀る神社
(散策コース:神戸市(1))

湊川神社 JR神戸駅から北にすぐのところに、湊川神社という神社があります。

 関西では名の知れた神社で、生田神社とともに兵庫県を代表する神社の1つ。

 ただ、その歴史は意外と新しく、創建は、明治維新後です。

 この神社では、「楠木正成」という実在の武士を祭神として祀っています。

 実在した人物が「神さま」として祀られることに疑問を感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、意外にもこのような神社は多いのです。

 代表的なのが、学問の神さまとして菅原道真を祀る天満宮。
 また、天智天皇を祭神とする近江神宮などもそうですね。

 楠木正成というお人は、鎌倉時代末期から南北朝時代に活躍しました。

 ただ、この時代は、戦国時代や幕末などと比べると、現代人にとってはややマイナーであり、「楠木正成ってあまりよく知らない」という方も多いかもしれません。

 楠木正成は、室町幕府の初代将軍足利尊氏や、そのライバル新田義貞とともに、鎌倉幕府の倒幕に貢献した武将です。

 鎌倉時代末期に後醍醐天皇の下に馳せ参じ、少人数ながらも鎌倉幕府の大軍を相手に戦った「名将」として知られます。

 その活躍は、「太平記」という軍記物に記されています。特に有名なのは、河内国(現在の大阪府東部)の千早城・赤坂城の戦い。

 「ちっぽけな小城」と侮って下から登ってくる鎌倉幕府軍の武士に対して、上から巨石や熱湯を浴びせて翻弄した、という逸話が残っています。

 鎌倉幕府の滅亡後も、楠木正成は後醍醐天皇に一貫して従います。
 しかし、かつて倒幕の同志であった足利尊氏は、倒幕後に高まった、後醍醐天皇に対する武士たちの不満に乗って離反。

 九州で勢力を整えて京へ攻め上ってきた足利尊氏の大軍を、楠木正成は湊川(現在の神戸市)で迎えうちます。しかし、多勢に無勢で善戦むなしく敗れ、正成は弟と差し違えて自害したと伝えられています。

 敵である足利尊氏も、正成の人柄と秀でた軍略を認めており、その死を深く悼んだと言われています。

 正成の死後、その墓所は長年放置されてきましたが、江戸時代末期~明治維新にかけて正成を再評価する気運が高まります。

 幕末に、天皇を奉じて江戸幕府を倒すことを目標とした尊皇の志士は、最後まで後醍醐天皇に忠誠を尽くした正成公を「英雄」として敬い、自身の姿を重ね合わせたのでしょう。

 このような当時の時流に沿い、明治維新後、湊川の地に楠木正成を祀る神社が建てられました。これが、湊川神社です。

 このような歴史を持つ湊川神社の境内には、正成公ゆかりのスポットが盛りだくさん。

湊川神社拝殿 湊川神社の表門を入ると、まず目に入るのが、正面に鎮座する大きな拝殿。

 この拝殿奥の本殿には、楠木正成とその息子である楠木正行をはじめとする、楠木一族が祭神として祀られています。

 また、拝殿に向かう途中の左側には、楠木正成の生涯を描いた「一大絵巻」(説明板)が掲げられています。

 楠木正成ってほとんど知らない・・・、という方でも、この絵巻を見れば、おおよそどのような人物であったのかが分かりますよ。

 拝殿での参拝を終えたら、境内の「正成スポット」を回ってみましょう。

楠木正成墓所(墓碑) まずは、楠木正成公の墓所(墓碑)。神社表門を入ってすぐ右側にあります。

 この墓碑は、水戸藩二代藩主徳川(水戸)光圀の命で建てられたもの。
 正成公の墓碑のそばには、徳川光圀の像があります。

 でも、神戸の湊川に、なぜ、遠く離れた水戸藩(現在の茨城県)の殿様が碑を作ったのでしょうか。

水戸光圀の像 徳川光圀は、「水戸黄門」という通称で有名な人物。また、徳川将軍の親戚に当たります。

 某時代劇でも「天下の副将軍」と言われていたように、本来は、天皇ではなく、徳川将軍を補佐する立場にありました。

 しかし、光圀公は、徳川家にありながらも、天皇に忠義を尽くした楠木正成に格別な畏敬の念を持っていました。

 そこで、わざわざ臣下に命じて、水戸(現在の茨城県)から遠く離れたこの地に、墓碑を建てさせたのです。

 徳川将軍に近い水戸黄門だからできたのかもしれないですね。

 徳川幕府の権力が強い当時、他の大名が同じようなことをすれば、「天皇を崇拝するとはけしからん」と、幕府に目を付けられて取りつぶされたかもしれないです・・・。

楠木正成戦没地 また、境内には、正成公戦没地(殉節地)、つまり、自害したとされる場所も残されています。

 この戦没地は、拝殿の左奥のちょっと目立たないところにあります。
 見落とさないようにご注意ください。

 湊川神社への参拝で、楠木正成、あるいは、鎌倉幕府末期~南北朝時代にかけての歴史について興味を持たれた方は、一度「太平記」を読んでみてはいかがでしょうか。

 当時の時代背景とともに、正成公の生きざまについて理解が深まることでしょう。



スポット情報

<湊川神社>
 住所  兵庫県神戸市中央区多聞通3-1-1
 最寄り駅  (JR)神戸駅から徒歩3分
 (阪神・阪急)神戸高速駅から徒歩1分
 ホームページ  湊川神社




コース地図(神戸市(1))




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