関西で新しい街歩きの楽しみ方を提案します

和歌山城 250年間続いた、徳川御三家紀州藩の居城

散策コース:和歌山(1))

日本全国にさまざまなお城がある中で、和歌山にも「名城」と呼ばれるにふさわしい城郭が残ります。

それが、今回ご紹介する和歌山城


市の中心部にどっしりと鎮座する天守閣は、和歌山の象徴。

その周りは「和歌山公園」として整備され、緑豊かな園内は市民の憩いの場として親しまれています。

また、和歌山県内でも有数の桜の名所としても知られます。


御三家の一、紀州徳川藩250年の居城

空襲で焼失した天守閣

ここがおすすめ!和歌山城の見どころ紹介

紀州藩ゆかりのスポットを巡る


スポンサードリンク

和歌山城と桜

御三家の一、紀州徳川藩250年の居城

和歌山城は、元は、安土桃山時代、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長(大和大納言:大和郡山参照)によって築かれたお城。

江戸時代には、徳川家康の十男、徳川頼宣(とくがわよりのぶ)が55万5千石で入城しました。

これが紀州徳川家の始まり。

その後は「お国替え」もなく、明治維新までの250年間、和歌山城は一貫して紀州徳川家の居城であり続けました。


なお、紀州藩は、尾張藩(現在の愛知県)、水戸藩(現在の茨城県)とともに「徳川御三家」とも呼ばれます。

御三家は、初代将軍徳川家康の息子を祖とする、格式最上位の大名。

また、御三家には、江戸の将軍の跡継ぎが途絶えたときに、次期将軍を出すという重要な役割がありました。


和歌山城やその周辺を散策していると、至るところで、徳川八代将軍徳川吉宗の名を目にします。

実は、この吉宗公は、もとは、紀州藩の五代目藩主。

前代の七代将軍、徳川家継に子供がいなかったため、その後を継ぎ、紀州藩主から将軍となったのです。

和歌山城

空襲で焼失した天守閣

さて、この和歌山城は明治維新後も壊されず、昭和の初期まで江戸時代の建物が残っていました。

その中央には美しい三層の大天守。

戦前には、旧国宝にも指定されていました。


しかし、太平洋戦争末期の和歌山空襲で、和歌山城の建物のほとんどが焼失。

紀州藩時代の天守閣も、残念ながら、このときの空襲で失われました。

現在の天守閣は、戦後、1958年の再建です。


なお、大戦末期には、和歌山城の他にも、日本各地でさまざまなお城が焼失しました。

同じく御三家の尾張藩居城、名古屋城がその代表です。

戦争のせいで、貴重な名城が一挙に失われてしまったのは本当に残念です。

和歌山城天守閣

ここがおすすめ!和歌山城の見どころ紹介

空襲で焼失した和歌山城ですが、戦後は天守閣などの再建が行われ、「城郭」としての形も次第に整ってきました。

また、周辺の整備も進められ、なみなみと水を湛えた堀に囲まれる、緑あふれる美しい公園に大変身。

和歌山城へお出かけならぜひ訪れておきたい、おすすめスポットをご紹介します。


なお、和歌山城(和歌山公園)への入城は無料。ただし、天守閣の見学にはは、別に入城料が必要です。


和歌山城のおすすめ入口は?

ロの字の形をした天守閣

「藩主専用」の通行路、御橋廊下

お城の中の動物園


<和歌山城のおすすめ入口は?>

和歌山城(和歌山公園)への入口はいくつもありますが、その中のおすすめは次の3つ。


まずは、和歌山城の北東に開いた大手門

大手門とは、お城の正面入口に立つ門のこと。


紀州藩時代の大手門は明治時代に倒壊して今はなく、現在の大手門は昭和時代の再建です。

大手門の前のお堀には、アーチ状の美しい一の橋が架けられています。

大手門

和歌山城の南東には岡口門があります。

2階建ての重厚な櫓門。

この門は、空襲による焼失を免れた、和歌山城でも数少ない遺構の1つです。

江戸時代初期の1621年の建築で、国の重要文化財に指定されています。


豊臣秀長が築城した当時の和歌山城では、この岡口門が、正面の「大手門」でした。

上でご紹介した大手門が別に開かれた後は、搦手門(裏門)として使われました。

岡口門

また、城の北西、市役所の真ん前にも入口があります。

観光バスの駐車場があり、バスツアーで訪れる方はここから入ることになります。


ここには、わかやま歴史館という観光拠点があります。

お時間に余裕があるようでしたら、お城に入る前にちょっとのぞいてみましょう。

1階は観光案内所とお土産コーナー、2階には歴史展示室があります。

先にこちらで和歌山城についての知識を仕入れておけば、その後のお城散策が有意義なものとなります。

わかやま歴史館

<ロの字の形をした天守閣>

和歌山公園のほぼ中央、小高い山の上に立つ天守閣は、公園内のどの場所からもよく見えます。

現在の天守閣は、鉄筋コンクリートで作られた再建天守です。

とはいえ、江戸時代の天守閣の構造がほぼ元通りに復元されています。


三層の大天守を中心とした、漆喰(しっくい)の白壁が美しい「白亜」の天守閣。

四隅の大天守、小天守、2つの櫓が多聞櫓で繋がった、「ロの字」が特徴的な天守です。

大阪城のように大きな天守閣が1つぽつんと立っているのとはかなり見た目が違います。


これは「連立式天守」と呼ばれる形式で、日本のお城の中でも珍しい構造。

和歌山城の他には、姫路城の天守が有名です。

天守閣全景

天守閣の内部は資料館になっています。

実際に中に入ってみると、「ロの字」をしていることがよくわかります。

大天守からスタートして順路に沿って進んでいくと、小天守と2つの櫓を経由してぐるりと一周。

スタートとは逆の方向から大天守に戻ってきます。

また、大天守三階は展望室。和歌山市内を一望できます。

天守閣からの眺望

<「藩主専用」の通行路、御橋廊下>

天守閣から降りたら、周辺をぐるりと巡ってみましょう。

和歌山城内には、他の城にはない珍しい建物が1つあります。

それは、天守閣の北側、内堀にかかる御橋廊下

二の丸と西の丸との間に掛け渡されている「橋」です。

御橋廊下

御橋廊下は、紀州藩主が、御殿のある二の丸から、紅葉渓庭園のある西の丸に移動するために使われました。

藩主とそのお付きの人など限られた人しか通行できない、「藩主専用」の通行路。

外から、藩主の「お通り」が見られないよう、壁で覆われていました。

御橋廊下と庭園

現在の御橋廊下は、平成18年に復元されたもので、今は誰でも通行できるようになっています(通行無料)。

なお、二の丸と西の丸とは高低差があり、この2カ所をつなぐ廊下もかなり傾いています。

和装のお殿様が廊下を渡る際に、傾斜した床で滑って、すってんころりんしなかったのでしょうか?

そんなことも考えながら渡ってみましょう。

御橋廊下の中

<お城の中の動物園>

和歌山城のもう1つの特徴は、お城の中に動物園があること。

天守閣へ登る途中からも見える、こじんまりとした和歌山公園動物園は、お子さま連れのご家族に人気のスポットです。


水鳥を中心とする「水禽園」と、可愛らしい動物多数の「童話園」の2つに分かれています。

小さいながらも、ペンギン、ビーバー、ペリカン、クマなど、珍しい鳥や動物がたくさん。

お城にはあまり興味のないお子さんも、ここなら大喜び。入場無料です。

動物園のペンギン

紀州藩ゆかりのスポットを巡る

和歌山城の中を一巡りしたら、お城の周辺もぶらぶらと散策してみましょう。

この辺りには、紀州藩ゆかりのスポットが残ります。


和歌山城の南側の「寺町」というエリアには、その名の通り、さまざまなお寺が集まっています。

その中心は、紀州藩の菩提寺であった報恩寺

報恩寺の境内奥、ひっそりと静まりかえった場所に、紀州藩の廟所があります。

初代紀州藩主徳川頼宣の夫人、瑤林院など、紀州藩とのゆかりが深い人たちの菩提が弔われています。

報恩寺

また、この周辺は、紀州藩主でもあった八代将軍徳川吉宗の生誕の地。

吉宗公とのゆかりの深いスポットも残ります。


例えば、寺町の近くにある刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)。

この神社は、吉宗公の生誕の際に、神社の神主が吉宗公の仮親になったということで、吉宗公によって崇拝されました。

このことから、「吉宗公拾い親神社」とも呼ばれています。

刺田比古神社

歴史を感じながら城内をめぐり、疲れたら公園でお昼を食べて、その後は動物園へレッツゴー!

お城に興味のある方はもちろん、小さなお子さま連れでお出かけしても楽しめるスポットです。

スポンサードリンク

スポット情報

<和歌山城>

住所 和歌山市一番丁3
最寄り駅 南海和歌山市駅から徒歩10分
JR和歌山駅から徒歩20分
上記駅から和歌山バス利用の場合、「公園前」下車すぐ
定休日 年末年始を除き、無休
入城時間 午前9時~午後5時半
天守閣入城料 大人410円 小・中学生200円
ホームページ 史跡和歌山城

関連地図

関連スポット、近隣スポットのご紹介

和歌浦

和歌浦

万葉の時代から多くの歌詠みに愛された景勝地

スポンサードリンク

  • 新規会員登録
  • 散策コース紹介
  • つれづれ関西街歩き
  • お役立ち情報