関西で新しい街歩きの楽しみ方を提案します

彦根城 不用なお城の建物を有効利用して作られた「エコ城郭」

散策コース:彦根)

彦根城は、江戸時代に建てられた天守(現存天守)が今も残るお城。

日本には、全部で12の現存天守が存在します。

その中でも、特に、江戸時代初期に建築され、文化財的価値が高いとされる5つの天守は、国宝に指定されています。

国宝5天守とは、姫路城天守(兵庫県)、松本城天守(長野県)、犬山城天守(愛知県)、松江城天守(島根県)、そして、彦根城天守です。


江戸幕府の名門、井伊家代々のお城

不用なお城を有効利用した「エコ城郭」

彦根城の見どころ

「ひこにゃん」に会いに行こう!


スポンサードリンク

彦根城

江戸幕府の名門、井伊家代々のお城

今回ご紹介する彦根城は、関ヶ原の戦の後に建てられたお城で、江戸時代の彦根藩井伊家35万石の居城。

井伊家は、徳川四天王と言われた家康の重臣の1人、井伊直政を祖とします。

なお、井伊直政は、平成29年の大河ドラマ主人公、井伊直虎によって育てられたといわれる人物です。


江戸幕府下における井伊家は、「譜代筆頭」という格式の高い大名で、将軍補佐の最高職である「大老」を何度も輩出した名門。

例を挙げれば、幕末の「桜田門外の変」で尊攘志士によって暗殺された井伊直弼は、彦根藩第十五代藩主です。

また、徳川家の精鋭部隊を自任し、鎧や兜、旗など、その軍装は赤で統一した”赤備え”。

彦根城内にある彦根城博物館では、歴代彦根藩主の真っ赤な鎧や兜を見ることができます。

彦根城博物館

ところで、関ヶ原の戦の前までは、現在の彦根の周辺には、佐和山城というお城がありました。

佐和山城は、西軍将帥、石田三成の居城で、五層の天守を誇る大きな城だったそう。


戦の後に彦根一帯を治めることになった井伊家にとって、佐和山城は居城とするには十分なお城であったはず。

しかし、この佐和山城は廃城とし、わざわざ取り壊した上で新たに彦根の地に城を築くことにしました。

その理由にはいろいろあると思いますが、前の佐和山城主石田三成が領民に慕われていたということもあるのかもしれません。

敵将の遺徳が濃く残っている佐和山城なんかに住むのはイヤ!と思ったのでしょうか。

佐和山城跡

不用なお城を有効利用した「エコ城郭」

さて、このような経緯で築城された彦根城ですが、全ての建物が一から新しく建てられたわけではありません。

周辺にある不用なお城などから、様々な建物が彦根城に移築されて再利用されています。


当時の建築物は全て木造であり、特に、太い柱や梁として利用可能な木材は貴重品でした。

そのため、古いお城や寺院などの建物を移築して再利用すること自体は、特に珍しいことではありません。

例えば、豊臣秀吉の伏見城の遺構は、京の二条城をはじめ、各地の城や寺社に移築されています。

とはいうものの、彦根城は、「移築度」が格段に高いのが特徴。

ほとんどの建物をよそから持ってきて据え付けた、といった方が正しいぐらいです。


なぜこれほど多くの建物を移築したかについては諸説ありますが、次のような理由が考えられます。

(1)当時の木造建築物は釘を使わずに組み立てられていたため、分解・組立が比較的容易であったこと。

新しい木材を山から切り出し、一から建てる場合と比べて、古い建物を移築した方が、労力も時間もコストも大幅に節約できたのです。

(2)京の隣の近江国(現在の滋賀県)は戦略的な要衝の地であり、佐和山城や長浜城など、比較的大きな城がいくつも存在したこと。

一言で言えば、彦根の近くに、リサイクル可能な建物がいろいろ残っていた、ということですね。

使われていない城郭の建物を徹底的に有効利用した彦根城は、現代風に言えば、「エコ」な精神にあふれたお城です。

(3)豊臣恩顧の西国大名に対する抑えとして築城を急いだこと。

その頃は、まだ大坂城が健在で、まだまだ豊臣家に恩を感じている西国の外様大名も多い時期。

不穏な動きを起こしそうな西国大名に対する抑えとして、できるだけ速く堅固な城を作りたかったという事情もありました。

彦根城佐和口

彦根城の見どころ

では、次に、現在の彦根城の見どころをご紹介していきましょう。


<天守>

彦根城のシンボルである天守。江戸時代初期、1607年の建築で国宝指定。

天守というと、姫路城のような大きなものをイメージされる方も多いですが、彦根城天守は三重三階の小ぶりな造りです。

屋根に、三角形の入母屋破風や千鳥破風、金色の飾りがついた高級感あふれる唐破風など、さまざまな形の破風(はふ)があるのが大きな特徴です。


この天守は、大津城(滋賀県大津市)からの移築と言われています。

大津城とは、現在の大津港の近くに存在した、琵琶湖に突き出した「水城」

関ヶ原の戦いの直前に前哨戦(大津城の戦い)が行われました場所として知られます。

彦根城天守

<天秤櫓>

一般に、門の上に櫓が載せられたものは「櫓門」と呼ばれます。櫓門はその守りの堅さゆえ、城内の重要な箇所に置かれます。

彦根城の天秤櫓は、この櫓門の左右両側にさらに2つの二重櫓が連結された、かなり個性的な形の建物。

正面から見ると天秤のように見えることから、このような名前がつきました。


この天秤櫓は、秀吉が築城した長浜城(滋賀県長浜市)の大手門を移築したものと言われています。

日本全国探しても、この形式の櫓があるのは、この彦根城だけという珍しい建物で、国重要文化財の指定も受けています。


天秤櫓は、大手門からの道と表門からの道の合流地点にあり、彦根城の防御の要。

門の前には何にも遮られない木橋があるのみ。敵兵はこの「一本道」の橋からしか攻め込むことができません。

むき出しでやってくる敵兵に対して、門の上の多聞櫓だけでなく、左右にそびえる二重櫓からも敵を矢や鉄砲を射かけるのです。

まさに「鉄壁」の城門です。

天秤櫓

<太鼓門櫓>

太鼓門櫓は、天守が立つ本丸に至る道の最後にある櫓で、文字通り、「最後の砦」です。

上の天秤櫓のように、命名の由来は、「太鼓の形をしているから」かな?と思いきや、違うんですね~。

城内への合図をするための太鼓が置かれたから、というのが有力な説です。

この櫓も、別の城から移築されたものとされています。移築元がどこの城かは特定されていませんが、一説には、佐和山城や長浜城とも言われています。

天秤櫓と同様、こちらも国の重要文化財の指定を受けています。

太鼓門櫓

<馬屋>

彦根城に残る貴重な建物は、天守や櫓などの防御施設だけでありません。

佐和口の近くにあるこの馬屋も、今ではなかなか珍しい建物です。

馬屋とは、文字通り、馬をつなぎ止めておく建物ですが、ここには彦根藩主の馬がつながれていたそう。

20頭以上もの馬をつなぐことができる大きな建物です。

現存する日本のお城で、これほど大規模な馬屋が残されているのは彦根城のみ。

この馬屋も、国の重要文化財に指定されています。

馬屋

「ひこにゃん」に会いに行こう!

さて、彦根城といえば、ひこにゃんを思い浮かべる方も多いはず。

ひこにゃんは、井伊家の「赤備え」にちなみ、赤いかぶとをかぶったネコのキャラクター。

愛嬌のある仕草が大変かわいく、彦根城を訪れる観光客に大変人気です。

せっかく彦根城まできて、人気者のひこにゃんに会わないわけにはいきませんね。


ひこにゃんは、ほぼ毎日、彦根城内に出没しますが、その場所は日によって変わります。

見逃してしまうことがないよう、彦根城入口に置かれた案内板「本日のひこにゃん」で、登場場所と時間をしっかりチェックしておきましょう。

スポンサードリンク

スポット情報

<彦根城>

住所 滋賀県彦根市金亀町1-1
最寄り駅 (JR・近江鉄道)彦根駅から徒歩15分
定休日 年中無休
観覧時間 午前8時半~午後5時
拝観料 一般600円、小・中学生200円
ホームページ 彦根観光協会ホームページ

関連地図

スポンサードリンク

  • 新規会員登録
  • 散策コース紹介
  • つれづれ関西街歩き
  • お役立ち情報