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近江神宮 天智天皇の近江大津京跡に鎮座する、競技かるたの殿堂

散策コース:大津(1))

飛鳥時代、中臣鎌足とともに大化の改新を主導した中大兄皇子は、天皇(天智天皇)に即位した後、飛鳥から琵琶湖岸の大津へ都を移しました。

この都は、近江大津京と呼ばれます。


しかし、天智天皇の死後、権力の座を巡って、近親者同士の骨肉の争いが展開されました。

天智天皇の息子で、後継者として大津京に拠る大友皇子と、天智天皇の弟である大海人皇子(後の天武天皇)とが対立したのです(壬申の乱)。

この乱は大海人皇子の勝利に終わり、敗北した大友方は滅亡。一方、勝利した大海人皇子は、飛鳥に戻って天皇に即位しました。

これにより、天智天皇が精魂込めて作り上げた大津京は、わずか5年という短さで終わってしまいます。

権力のもろさ、儚さというものを感じさせられますね。

近江神宮楼門

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さて、この近江大津京跡には、天智天皇を祭神として祀る近江神宮が鎮座しています。

近江神宮の創建は1940年(昭和15年)。結構知名度が高い神社の割には、神社の歴史がまだ浅いのが意外です。

鮮やかな朱色の楼門をくぐった先には、厳かな雰囲気の境内が広がります。

境内の奥には、外拝殿、内拝殿、本殿が、手前から順に並んでいます。

まずは、まっすぐ拝殿に向かい、本殿に向かって参拝。

本殿への参拝を終えたら、境内をぶらぶらと散策してみましょう。

近江神宮境内

近江神宮に祀られている天智天皇は、まだ、中大兄皇子と呼ばれていたころに、日本ではじめて水時計(漏刻)を設置した人物として有名です。

漏刻は、水が流れる量が一定であることを利用して時刻を計る装置です。

実際には、漏刻がどのようなものであったのかは未だ不明ですが、近江神宮の境内には、様々な資料を元に、推測して製作された漏刻の模型が設置されています。

漏刻の他にも、古代中国の「火時計」や「日時計」などもあります。時計とのゆかりが深い近江神宮ならではの風景です。


また、天智天皇と言えば、百人一首の第一首の作者としても有名。

天智天皇について、学校の社会の授業で習ったことは忘れちゃったけど、次の歌の作者として覚えている方も多いかも。

秋の田の 仮庵(かりほ)の庵(いほ)の 苫(とま)をあらみ わが衣手(ころもで)は 露にぬれつつ(No.1:天智天皇)

百人一首かるた

この第一首の作者、天智天皇を祀っている関係から、近江神宮では、競技かるたのNo.1を決める「名人戦」や「クイーン戦」、あるいは、高校生の選手権大会など、競技かるたの大きな大会が毎年開かれています。

そのため、近江神宮は、競技かるたの殿堂とも呼ばれています。

競技かるたでは、百人一首の100枚の札のうち50枚を半分に分け、自分の陣と相手の陣にそれぞれ25枚ずつ配置し、読まれた札を取り合います。

自分の陣の札が先になくなった方が勝ちとなります。

なお、場には50枚しかありませんが、読み札は100枚全てが対象です。

そのため、場にはない札が読まれることもありますが、それは空札であり、取ることはできません。

かるたというと、のんびりしたイメージがあるかもしれませんが、この競技かるたは違います。

上の句が少し読まれただけで、目にも止まらぬ速さで、「パシッ」と札を横に飛ばしてとる様子を、テレビなどで見たことがある方も多いでしょう。

体力、瞬発力、記憶力、集中力をそれぞれ必要する大変な競技で、「畳の上の格闘技」と呼ばれることもあります。

境内にずらりと並ぶ百人一首

かるたの殿堂と呼ばれるのにふさわしく、近江神宮の境内には、百人一首のそれぞれの歌が、一首ずつ額に入ってずらりと並べて掲げられています。

全部で百首、本当にあるのかな~。

また、昔、百人一首で遊んだ経験のある方は、ご自身のお気に入りの歌があるでしょうか。

境内を散策しながら、一度、探してみてはいかがでしょうか。

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スポット情報

<近江神宮>

住所 大津市神宮町1番1号
最寄り駅 京阪近江神宮駅から徒歩9分
JR大津京駅から徒歩20分
参拝時間 午前6時~午後6時 境内自由
ホームページ 近江神宮ホームページ

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