関西で新しい街歩きの楽しみ方を提案します

薬師寺 名物管主の尽力で悲願の復興を果たした南都の大寺

散策コース:奈良(4))

薬師寺は、興福寺と並ぶ法相宗の大本山。

古都奈良において大伽藍を誇った「南都七大寺」の1つです。


この薬師寺があるのは、奈良時代の都跡である平城宮跡の西、その名も「西の京」というエリア。

薬師寺は、近隣の唐招提寺とともに、西の京を代表する二大名所として知られています。


妻の病気平癒を願って建てられた、天武天皇の勅願寺

その後の荒廃と名物管主による復興

朱色の大建築が立ち並ぶ、現在の薬師寺境内


薬師寺遠景

スポンサードリンク

妻の病気平癒を願って建てられた、天武天皇の勅願寺

奈良時代の都、平城宮跡のそばにある薬師寺ですが、その創建は奈良時代よりも古く、白鳳時代にさかのぼります。


当時の天皇は天武天皇

この天武天皇が、妻(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して発願し、造営が開始されたのが薬師寺。

ただ、天武天皇の勅願事業であったのですが、造営中に、肝心の天武天皇は崩御してしまいます。

皮肉にも、その事業は「病気平癒を祈られていた側」の持統天皇が引き継ぐことになりました。


なお、その寺名が示す通り、薬師寺のご本尊は薬師如来。

薬師如来は、一般には医薬の仏さまとして知られています。

貴人の病気平癒で建立されたお寺では、本尊が薬師如来であるところが多いですが、薬師寺はその代表例です。

天武天皇勅願寺・薬師寺

その後の荒廃と名物管主による復興

創建当初の薬師寺は、持統天皇が造営した藤原京の中にありましたが、平城遷都に伴い今の地に移転。

当時の南都の主要寺院の1つであり、興福寺東大寺などとともに「南都七大寺」と呼ばれました。


しかし、中世以降は兵乱などにより主要な建物が次々失われ、次第に寺勢が衰えていきます。

極めつけは戦後。仮金堂の横に、東塔がポツンと立つ寂しい境内だったそう。


この状況を一変させたのが、高田好胤という管主(住職)さん。

高田好胤師は、小難しい仏教の世界をわかりやすい語り口で説明するなど、一般の方にも人気の「名物管主」。

薬師寺の管主につくやいなや、長年の悲願であった薬師寺復興を推し進めます。


その尽力により、金堂、西塔、中門、回廊、大講堂と、主要な建物が次々と再建。

往年の「南都七大寺」の名にふさわしい大伽藍ができあがりました。

復興した薬師寺伽藍

朱色の大建築が立ち並ぶ、現在の薬師寺境内

薬師寺の中心は、境内南側に立つ白鳳伽藍

金堂西塔など、近年再建された朱色の大建築が建ち並ぶ様は「壮観」の一言。


境内の北側には、玄奘三蔵院伽藍

また、今も伽藍の整備が続けられており、平成29年には食堂の復元が完了しました。


では、白鳳伽藍を中心に、現在の薬師寺の境内をご紹介していきましょう。


白鳳伽藍金堂東塔と西塔大講堂東院堂食堂

玄奘三蔵院伽藍



<白鳳伽藍>

薬師寺創建年代である、白鳳時代(飛鳥時代後期~奈良時代)の建築様式で統一された建物群。

南の中門をくぐると、正面に金堂、金堂手前、右と左に立つ東塔・西塔、金堂の奥に大講堂、という伽藍配置。

また、金堂、東塔、西塔は、朱色の回廊によってぐるりと囲まれています。


東の回廊の外には、東院堂

また、大講堂の背後に、近年再建された食堂(じきどう)が新しく加わりました。

白鳳伽藍

(金堂)

金堂は、1976年の再建。

昭和期復興の第1号で、白鳳伽藍整備の先駆けとなった建物です。


建物こそ新しいものの、中には大変貴重な仏像が安置されています。

それは、薬師寺の本尊、薬師三尊像

製作年代は薬師寺創建時という説もある仏さま。白鳳期仏像の最高傑作の1つとされます。国宝指定。


中央に薬師如来、左右には脇侍の日光菩薩と月光菩薩。

三体ともふくよかな体つき。仏さまなのに「人体美」をも感じさせます。

金堂

(東塔と西塔)

東塔と西塔は、ほぼ同じ形をした三重の塔。

ただ、屋根の下に裳階(もこし)と呼ばれるひさしがついているため、六重の塔にも見えます。

また、三重塔ながら、他のお寺の五重塔に匹敵する高さです。


東塔(下の写真右側)は、移転以来、唯一残る奈良時代の建築物。国宝指定。

ただし、残念ながら、現在は解体修理中(平成21年~平成32年春まで)

今は、塔全体がカバーですっぽりと覆われているため、外から見ることはできません。


一方の西塔(同左側)は、1981年の再建。東塔とほぼ同じデザインの塔です。

再建されて30年以上を経たとはいえ、東塔と比べると格段に新しい西塔は、朱色の鮮やかさが印象的です。

なお、西塔は東塔よりも少し高く作られているとのこと。

自重による地盤の沈下と木部の収縮によって、塔の高さが変化することを想定。

500年後に、東塔と高さがほぼ一緒になるように設計されているそうです。


東塔の修理が終わり、東西の両塔を同時に眺められる日が待ち遠しい限りです。

東塔と西塔

(大講堂)

金堂の背後にどっしりと構える大きな建物が大講堂。2003年の再建です。

現在の薬師寺の中で最も大きい建物で、横幅が41mもあります。


大きな大講堂の中に置かれている仏さまも、また巨大。しかも3体。

3体の仏像は、はじめは「阿弥陀(あみだ)三尊」と呼ばれ、次には、金堂のご本尊と同じ名前の「薬師三尊」と呼ばれました。

現在は「弥勒(みろく)三尊」と呼ばれています。


しかし、本来、阿弥陀(如来)、薬師(如来)、弥勒(如来・菩薩)は、それぞれ異なる仏さまのはず。

いったい、この仏さまは何者?!1つの仏像の呼び名がこのようにコロコロ変わるのは珍しいです。

大講堂

(東院堂)

白鳳伽藍の回廊の外(東側)にあるお堂。

近年再建された建物が多い中、この東院堂は、東塔とともに昔から残る貴重な文化財。

東塔と比べると建築年代は新しく、鎌倉時代の建物ではありますが、国宝に指定されています。

また、東院堂内の聖観音菩薩像は、金堂の薬師三尊像と同じく白鳳期の作。こちらも国宝指定。


なお、東院堂は、解体修理中の東塔の裏側で、さらに回廊の外という、目立たないところにあります。

回廊内の金堂や西塔に気を取られて東院堂を見逃さないよう、ご注意ください。

東院堂

(食堂)

2017年(平成29年)に再建された、薬師寺の中で最も新しい建物。

その名の通り、元々はお坊さんが食事をする場所です。

南都七大寺の1つにも数えられた薬師寺、昔の食堂は、300人もの僧侶を収容できる大きな造りであったそうです。


再建された新しい食堂も、薬師寺の中では、大講堂、金堂に次ぐ大きな建物。

ただ、広々とした内部空間は、「僧侶の食事場所」というイメージからは、かなりかけ離れています。

堂内中央には、色彩鮮やかな「阿弥陀三尊」の絵、周囲の壁には、唐より大和に仏教が伝わる様子が一面に描かれています。

(平成30年6月30日まで、食堂の内部特別拝観を実施中)

食堂

<玄奘三蔵院伽藍>

白鳳伽藍と道を挟んだ境内の北側部分に立つ建物群。1991年(平成3年)の建築です。

中央の玄奘塔を回廊が取り囲む伽藍配置。

八角形の夢殿を中心とする、法隆寺東院伽藍に似た印象も受けます。


真ん中の玄奘塔には、玄奘三蔵の頂骨が祀られています。

なお、玄奘三蔵とは、物語「西遊記」に登場する「三蔵法師」のこと。

薬師寺の法相宗とのゆかりが深い中国(唐)の名僧です。


玄奘三蔵院伽藍の見どころはもう1つ、玄奘塔の北側の建物にある「大唐西域壁画」。

平山郁夫が30年がかりで製作したという、高さ2.2m、長さ49mの巨大壁画です。

玄奘三蔵院伽藍

朱色の建物が美しい白鳳様式の新しい伽藍と、白鳳期に作られた貴重な仏像。

新旧の両面で「いにしえ」の白鳳文化が感じられる広い境内、時間を十分にとってじっくりと巡ってみたいお寺です。

(参考出典:薬師寺公式サイト

スポンサードリンク

スポット情報

<薬師寺>

住所 奈良市西ノ京町457
最寄り駅 (近鉄橿原線)西の京駅下車すぐ
拝観時間 午前8時30分~午後5時、無休
拝観料 (玄奘三蔵院伽藍公開時)大人1100円 中高生700円 小学生300円
(玄奘三蔵院伽藍非公開時)大人800円 中高生500円 小学生200円
(玄奘三蔵院伽藍の公開時期については、下記ホームページ参照)
ホームページ 薬師寺公式サイト

関連地図

関連スポット、近隣スポットのご紹介

秋篠寺

秋篠寺

「苔じゅうたん」に囲まれた本堂と、優しげな「技芸の女神」

平城宮跡

平城宮跡

「いにしえの奈良の都」が、魅力的な観光名所に大変身!

西大寺

西大寺

父・聖武の東大寺に対抗?女帝・称徳天皇勅願の「南都七大寺」の1つ

スポンサードリンク

  • 新規会員登録
  • 散策コース紹介
  • つれづれ関西街歩き
  • お役立ち情報