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豊国神社 京都・東山七条界隈で「太閤さん」ゆかりの名所旧跡を巡る

散策コース:京都(10))

京都の南東部、鴨川を東にわたった先の東山七条の界隈には、「太閤さん」豊臣秀吉ゆかりの名所・旧跡が集まっています。

その中心が、豊臣秀吉を神として祀る豊国神社(とよくにじんじゃ)。


日本には、伝説の神々を祀る神社だけでなく、実在した人物を祀る神社も多いです。

例えば、徳川家康を神格化して祀る日光東照宮が有名ですが、豊国神社もこれと同様の神社です。


豊国神社の歴史

現在の豊国神社について

神社周辺の豊臣家ゆかりのスポット


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豊国神社の歴史

さて、元々、豊臣秀吉の存命当時から、現在の東山七条周辺には、秀吉によって創建された方広寺というお寺がありました。

当時の方広寺は、今の豊国神社、京都国立博物館、三十三間堂を含む、大変広い境内を有する大寺院でした。

また、関西にお住まいの方にも意外に知られていないのですが、方広寺には、秀吉が、東大寺大仏を模して作らせた大仏(東山大仏)と、その大仏を安置するための巨大な大仏殿がありました。

この東山大仏は、東大寺大仏、鎌倉大仏とともに、「日本三大仏」と呼ばれていたこともあったそうですよ。

さて、慶長3年(1598年)に秀吉が没した後、当時の天皇から正一位「豊国大明神」の名前が贈られ、秀吉は神格化されました。

この「豊国大明神」を祀るため創建されたのが豊国神社(豊国社)です。

豊国神社

しかし、その後の豊臣家の凋落に伴い、豊国神社も衰退していきます。

関ヶ原の戦にて、秀吉の遺児、豊臣秀頼を奉じる西軍は、徳川家康率いる東軍に敗北。

さらに、その後の大坂の陣では、大坂城が徳川軍に攻められて落城、豊臣家は滅亡します。

こうなると、徳川幕府にとって、前代の権力者、秀吉を神として祀る神社など、もはや邪魔ものでしかありません。

秀吉の神格は剥奪され、豊国神社も廃されてしまいました。


この神社が再び甦ったのは、徳川幕府が倒れた後の明治時代のこと。

明治天皇により、豊臣秀吉は国家に大勲功ある人物として賞賛されたことがきっかけです。

江戸幕府によって冷遇された秀吉公が、幕府が倒れた後に一転して持ち上げられたのは自然の成り行きかもしれませんね。

とにもかくにも、この明治天皇の一声によって豊国神社は再興されることとなりました。

豊国神社境内

現在の豊国神社について

豊国神社の正面には大きな石の鳥居。

この鳥居ををくぐるとひときわ目を引く建築物が見えてきます。

それは、神社正面に立つ、唐門

門の上部には「豊国大明神」と書かれた扁額がかかり、秀吉公を神として祀っていることがよくわかります。


この唐門は、伏見城の遺構と伝えられる桃山時代の名建築。

国宝に指定されており、西本願寺の唐門、大徳寺の唐門とともに「京都の国宝三唐門」とも呼ばれます。

門全体に施された精巧な彫刻が大変すばらしい、一種の「芸術作品」です。

豊国神社唐門

なお、伏見城は、豊臣秀吉が築いたお城ですので、その門が豊国神社にあるのは当然、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、徳川時代の250年間は、豊国神社にとっては空白の時代。そんな時代に、このような素晴らしい唐門がここに置かれるわけがありません。

実際は、この唐門は、伏見城→二条城→金地院(南禅寺塔頭)と、各地を点々とし、豊国神社に落ち着いたのは明治時代に再興されてからです。

唐門から奥の社殿を眺める

豊臣秀吉と言えば、裸一貫で織田信長に仕え、身をすり減らしながら働いて大名になり、さらに天下統一まで果たした出世人の代名詞。

ということで、豊国神社は「出世開運の神さま」で知られます。

特に、仕事や出世など、ビジネス面で伸び悩みを感じている人はぜひ参拝を。

豊臣秀吉が、信長の元で活躍していた頃に、馬印として「ひょうたん」のマークを使っていたことにちなみ、出世祈願のためのひょうたんの絵馬やお守りが置かれています。


また、豊国神社の宝物館には、豊国祭礼図屏風(国重要文化財)など、豊臣家に関連するさまざまな品々が展示されています。

お時間に余裕がありましたらこちらもどうぞ。

ひょうたん絵馬

神社周辺の豊臣家ゆかりのスポット

さて、東山七条界隈には、豊国神社の他にも、豊臣家とのゆかりの深いスポットが点在します。

これらのスポットを巡りながら、太閤秀吉の栄華の跡をたどってみましょう。


<豊国廟>

豊国廟は、豊臣秀吉のお墓です。

東山七条の東方に、阿弥陀ヶ峰という、標高196mの小高い山があります。

1598年(慶長3年)に61歳でなくなった秀吉はこの山に葬られ、墓所が建てられました。

ただ、豊国神社と同様、この豊国廟も徳川の世に入ると破壊され、荒廃した状態で放置されていました。

現在の豊国廟は明治時代以降に整備されたものです。


豊国廟へ向かうには、まず、東山七条から緩やかな坂道を東へ上っていきます。

新日吉神宮(いまひえじんぐう)や京都女子大の横を抜けてさらに奥に進むと、阿弥陀ヶ峰の麓に到着。

山麓には鳥居や廟宇がありますが、残念ながらここはまだ豊国廟ではありません。


豊国廟に行くには、ここからさらに長い石段を登ります。

山の中をその頂へ向けて直線的に延びる石段。数えてみると500段以上あります。

急がず焦らず、途中休憩を入れながらご自分のペースで登りましょう。

豊国廟への道

なんとか長い石段を登った先には開けた広場があり、目の前には大きな五輪塔。

これが豊国廟です。

五輪塔は、一抱えもある大きな石を何個も積み上げたもので、高さは10mにもなります。

たどり着くのに一苦労、という場所ですが、秀吉公ゆかりの地を回る上で、ここは外せませんね。

豊国廟

<方広寺>

秀吉によって創建された頃と比べるとかなり規模が小さくなりましたが、豊国神社の北側に、今も方広寺というお寺があります。

本堂に安置されているご本尊は盧遮那仏(るしゃなぶつ)。

聞き慣れない名前の仏さまかもしれませんが、昔の方広寺の東山大仏も、その元となった奈良の東大寺大仏も、いずれも、この盧舎那仏なのです。

方広寺本堂

方広寺では、本堂近くの鐘楼にかかるもチェック!

方広寺の鐘は、文化財的にも貴重ですが(国重要文化財指定)、歴史的にも大変有名。


関ヶ原の戦後、豊臣秀頼は、秀吉ゆかりの方広寺の再建を図り、この鐘を作らせました。

この鐘には「国」「君臣豊楽」の8字が彫られています。 普通に読めば何のことはない文字です。

しかし、これに徳川家康が、”家”と”康”を分断して豊臣を君主とするとは何事だ!などと難癖をつけ、それを口実に「大坂の陣」を始めたとも言われています。

その通りだとすると、この鐘は「豊臣家滅亡」のきっかけになった、因縁の深い鐘ということになりますね。


なお、今の鐘にも上の8文字は残されています。下の写真では右上、少し白く見える部分です。

ただ、文字が小さいために、離れたところから見てもよくわかりません。

鐘に近づき、さらに、お手持ちのカメラのズーム機能などを使って拡大して見てみましょう。

方広寺の鐘

<旧方広寺の遺構>

その他にも、昔の方広寺の遺構が、神社の周辺に今も残ります。


豊国神社の西側を通る道沿いには、旧方広寺の境内にあった巨大な石塁が残ります。

まるでお城の石垣のよう。

また、豊国神社の南の京都国立博物館の敷地内にも、方広寺遺構の一部が残っています。

旧方広寺の石塁

豊国神社の東には大仏殿跡緑地があります。ここは、昔の方広寺大仏殿があった場所です。

この緑地では、2000年に発掘調査が行われ、当時の方広寺大仏殿は、現在の東大寺大仏殿を超える規模であったことが確認されました。

大仏殿跡緑地

<耳塚(鼻塚)>

豊国神社西側の通りを挟んだ向かいには、耳塚(鼻塚)と呼ばれる石塔があります。

ここは、豊臣秀吉の命によって行われた、朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に関連する史跡。

耳塚(鼻塚)の「耳」や「鼻」とは、文禄・慶長の役で、兵士たちが、現地の人たちの耳や鼻を削いで戦功として持ち帰ったもののこと。秀吉の命でここに葬られたと伝えられています。

この耳塚は、絢爛豪華で明るいイメージが強い秀吉の、負の面を残す遺構の1つと言えるでしょう。

耳塚(鼻塚)

秀吉や豊臣家とのゆかりが深いスポットが集まる、豊国神社とその界隈。

神社参拝の余韻が残る間に周辺にも足をのばし、「太閤さん」を偲びつつ散策してみてはいかがでしょう。

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スポット情報

<豊国神社>

住所 京都市東山区大和大路正面茶屋町530
最寄り駅 京阪七条駅から徒歩10分
市バス利用の場合、博物館三十三間堂前下車 徒歩5分
宝物館入館料 大人300円 高大生200円 小中生100円
宝物館入館時間 午前9時~午後4時30分


<方広寺>

住所 京都市東山区正面通大和大路東入茶屋町527-2
(豊国神社北隣)
最寄り駅 京阪七条駅から徒歩10分
市バス利用の場合、博物館三十三間堂前下車 徒歩5分
備考 境内自由


<豊国廟>

住所 京都市東山区今熊野北日吉町
最寄り駅 京阪七条駅から廟入口まで徒歩20分
さらに山頂の廟まで石段を登ること20~30分
入場料 志納金100円
備考 いつでも入場できるが、夜は真っ暗になるため注意が必要

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